Share

第6話 別に……いっか?

last update publish date: 2026-06-25 17:04:21

 目的地につき、止まった馬車の扉が開かれる。

 俺は一足先に馬車から降りて、続くフィロメニアに手を貸して彼女を地面へと降り立たせた。

 春の風は強い。

 馬車につけられた···········がはためく。

 これからやたらと多いフィロメニアの荷物を下ろして、運ばなきゃいけない。

 けれどその前に、俺は正面へと向き直って正面を見た。

 厳重な警備が敷かれた大きな正門、複数の煌びやかな建物に、それらを余裕持って内包する広大な敷地。

 これが学園だ。

 すごい。乙女ゲームで見た背景そのままのデザインだ。

 俺たちがラウィーリア家の屋敷に戻ることができてから、一ヵ月が経った。

 その間、ラウントリー辺境伯は打ち合わせ通りに事を進めてくれたのだろう。

 ――フィロメニアは森の中を彷徨っているところを辺境伯の軍に捕まり、ラウィーリア家の交渉の末に無事帰ってくることができた。

 世間ではそうなっている。

 意外だったのはクラエスという神殿騎士については何も流布されていないことだ。

 そのことについても王家には伝わっているはずだが、彼女の葬儀ももちろん、戦死の報も王国内では広まっていない。

 辺境伯も自らの戦果を大々的に広めることもできたはずなのに、誰もが意図的に口を噤んでいる。

 ただ、それについては一介のメイドである俺が考えることじゃない。

 とりあえず集中すべきは――学園での行動だ。

「ウィナ」

「はい。お嬢様」

 荷物を下ろした俺は、フィロメニアに使用人モードで返事をした。

 俺の知っている物語はここからやっと始まる。

 乙女ゲー最初のイベントがさっそく発生するのだ。

 それは主人公が悪役令嬢に目をつけられる話、そして、攻略対象であるこの国の第一王子と出会う話である。

 概要はこうだ。

 初日から遅刻しかけた主人公は焦りながら入学式の会場へ向かう。

 その途中、フィロメニアとその取り巻き一行にぶつかってしまい、派手に転ぶ。

 そして、それを見ていた王子が手を差し伸べられるというベタなおっちょこちょい系イベントだ。

 王子と出会うのは別にいい。というか、全ての物語の始まりがそこからなので、出会ってもらわないと困る。

 問題はフィロメニアとその取り巻きに認識され、嫌がらせが始まる一端を作ること。

 そして、これは仮に王子ルートへ入った場合に限る問題だけれど――フィロメニアと王子が婚約関係にあることだ。

 別にフィロメニア自身はぶつかった程度で陰湿な嫌がらせをするような性格ではない。

 嫌がらせに関しては周囲の取り巻きが行うのだ。

 だが婚約破棄となれば話は別だ。

 ここからは俺の勝手な想像だが、その悪意が次第にフィロメニアに伝播していって、王子と仲睦まじいヒロインへの嫉妬へ変わる……のかもしれない。

 そして遂にヒロインと王子が結ばれる段階となり、本格的に婚約破棄の話が持ち上がればフィロメニアは牙を剥くだろう。

 その背景には神殿がヒロインを特別な力のある【巫女】として認めるというイベントも関係してくるに違いない。

 なので、まずはこの問題の芽を摘むことが重要だ。

 俺は大量の荷物を両手に、先に学園へと歩き出したフィロメニアの後を追うのだった。

 

 ◇   ◇   ◇

 地位の高い人間には勝手に人が寄ってくる。

 たとえめちゃくちゃ性格が悪かろうが、顔が悪かろうが、世界が変わろうが、それは変わらない。

 学園にいる間、フィロメニアは色んな生徒に囲まれて歩くことになる。

 縁のある家の生徒から、これを機にお近づきになりたい生徒まで、フィロメニアの意志とは関係なく人が集まるのだ。

 と、本人が言っているので確実なんだろう。

 特に入学式前日は学生寮に到着する者が多いため、ヒロインとの遭遇が前倒しに発生する可能性も高い。

 なので、まずはそれを避けるための俺はフィロメニアに――めっちゃ早起きさせた。

 表向きは単純に入学式前日は正門が混み合うから、という理由でゴリ押ししたが、実際はイベント回避のため。

 まだ完全に日も昇っていない。

 警備の兵も「え? こんな時間に!?」みたいな顔をしつつ、目を擦っている。

 きっと夜勤の人なんだろう。ご苦労様です。

 けれども、門がまだ閉まっていた。……当たり前だな!

 そんなことは意に介さず、フィロメニアはずんずんと歩いて門の前に立つ。

 すると、しばらくしてドタバタと慌てた様子で走ってくる軍人さんが来た。

「ら、ラウィーリア公爵殿の……随分と早いご到着でいらっしゃいますな……」

 声をかけてきたのは壮年の男性だった。

 鎧じゃなく高級そうな軍服を着ている辺り、きっと責任者的な人なんだろう。

「ああ、直近で面倒なことに巻き込まれてな。あえて人のいないこの時間を選んだ」

「その件は自分の耳にも入っております。ご無事でなによりでございました。自分は学園の警備隊長を任されている者でございます。今、案内の者を呼んで――」

「学生寮はどこだ? 荷物はメイドに運ばせる。案内してほしい」

「――ご、ご案内致します……」

 可哀想に……。

 フィロメニアの有無を言わせぬ圧力に屈した男は門を開けさせ、俺たちを先導してくれた。

「正面に見えるのが座学などを受けて頂く建物となります。その隣はホール。右側には主に運動場、訓練場、決闘場などがありますが、それは後程、教師たちが案内致します。……ところで」

「なんだ」

「彼女は……その、大丈夫なのでしょうか?」

 歩きながら、警備隊長が俺の方に振り返ってくる。

 その顔は心配、というよりドン引きしているような顔だ。

 そりゃそっか!

 ――俺はドでかい鞄を両手に四つ、ついでに衣装などが入っているチェストを背負って歩いているんだから。

 自分で言うのも癪だけど、ちっこくて細い俺が到底耐えられそうな重さには見えない。

 傍から見れば虐待に近い扱いを受けている奴隷か何かに見えるだろう。

「問題ない。私の使用人だ」

「はぁ……。失礼致しました」

 たぶんフィロメニアは「私の使用人だからこれくらい余裕だ」みたいなニュアンスで行ったんだろう。

 けれど絶対、「私の使用人の扱いに口を出すな」という感じに伝わってる。

 事も無げに言うフィロメニアに、警備隊長から痛ましいものを見るような目を向けられた。

 これじゃまるでフィロメニアが悪役令嬢……って実際にそうだった!

 だが俺は霊獣になってからというもの、普段の姿でも常人を上回る力を発揮できるようになってしまったのだ。

 もちろん【霊起アクティベート】している時とは比じゃないけれど、ラウィーリア家の屈強な兵士に腕相撲で勝てるくらいの力は出る。

 なので、他人からは過酷な重労働を強いられているように見えるだろうけど、俺にとってはちょっと動きにくい程度の重さだ。

 むしろ気持ちは新しい生活と物語の始まりに心が躍っていた。

 ここから、やっとフィロメニアの運命を変えることができるのだから。

 ◇   ◇   ◇

 案内された学生寮は入口にロビーがあり、まるで一流ホテルのような内装だった。

 中庭が見えるラウンジもあるし、鍵の管理も受付が行っているようだ。

「どういうことだ?」

 その受付でフィロメニアが係の男性を睨みつけていた。

「い、いえ、ですから、事前の申請では使用人の部屋は不要となっていまして……」

「それがどういうことかと聞いている。私は確かに使用人の部屋を用意するよう伝えた。そもそも公爵家の私が使用人を連れてこないはずがないだろう」

 怒るよりも淡々と指摘されて、男性は冷や汗をかいている。

「お、仰る通りではございます……。ですが、私ではこれ以上お答えすることも難しく……。使用人用の宿舎であれば、明日にはお部屋をご用意できると思います」

 たぶんこれ以上、追求しても原因は出てこないんだろうと俺は思った。

 この男性は末端の受付係だ。問い詰めるなら後でもっと上の人間を呼ぶしかない。

 フィロメニアはその事を理解しているのか、少し考えた後に口を開く。

「そのほか、事前に用意させておいたものは?」

「は、はい。フィロメニア様のお部屋の家具などはすでに運び終えております」

「案内しろ」

 そう言われた受付係は慌ててカウンターから出てきて、先導してくれた。

 フィロメニアの部屋は最上階の四階らしく、相変わらずの重装備で階段を昇るはめになる。

 俺の知っている現代日本の学生寮のイメージとは違い、どこも掃除がしっかりと行き届いているし、作りも上等なものだ。

 案内係が目的の部屋の扉を開くと、一人で過ごす部屋とは思えないほどの広さがあった。

 しかも二部屋に分かれており、片方はベッドなどの置かれたプライベートな空間、片方は大きなテーブルが置かれた来客用の部屋になっている。

 さすがは公爵令嬢。学園内でも扱いが極上だ。これに加えて俺の寝室が用意されるはずだったのだから恐ろしい。

「ウィナ、どうだ」

 そんなことを考えていると、フィロメニアが短く問いかけてきた。

 その言葉だけで意図を汲んだ俺は部屋を見て回る。

 事前に運び込むよう依頼していた家具や装飾、食器類、その他諸々は全て頭の中に入っていた。

 途中、カーテンの裏などを確認しながら声を出さずに語り掛ける。

『なぁ、セファー』

『なんだい?』

『この部屋に怪しいものがないかとか、わかるか? ほら、掛け軸の裏に呪いの御札が張られてるとか』

『君は時折、自分のいる文化圏の認識がブレるねぇ。……少し待ちたまえ』

 セファーはそう言うと部屋の中心近くに飛び上がり、両手を広げた。

 すると、パッと淡い光の粒が周囲に散り、精査するように部屋中に広がる。

『特に怪しい細工はないねぇ。この部屋で一番物騒なものは君自身じゃないかな!』

『一言多い報告をどーもありがとう!』

『まぁ、言われなくとも色々と見て回るのが我の趣味だからねぇ』

 だろうな、と俺は思いつつ、フィロメニアの元に戻って声をかけた。

「お嬢様。問題ございません」

「ならばいい。彼を下がらせろ」

 俺は言われた通り、案内係に近づいて一礼した。

「ご案内ありがとうございます」

「は、はい。ところで使用人用の宿舎に関してはいかがいたしましょうか?」

 そうだよね。俺の寝床はどこになるんだろうね。

「不要だ」

 案内係の問いに、フィロメニアが答えを返す。

 見れば、まだ居たのか、とでも言いたげな鋭い視線をこちらに向けていた。

 俺は素早くポケットをまさぐって銀貨を取り出し、案内係の手に握らせる。

「とのことです。もう結構ですので」

「は、はい。失礼致します」

 おずおずと部屋を後にした彼を見送り、扉を閉めてから俺は首を捻った。

「……え? 俺、野宿?」

「そんなことをさせる主人だと思っているのか? お前は」

「じゃあどうすんだ?」

 すると、フィロメニアはポンポンとキングサイズの天幕付きベッドを叩く。

「ここでいいだろう」

 つまり、一緒に寝ればいいだろうと……。

 それって、良いんだろうか。

 小さい頃はよく一緒に寝ていたが、御付きメイドになってからは数える程度しか一緒には寝ていない。

 いや、寝てるじゃん、と思われるかもしれないが、フィロメニアの我儘に付き合って夜更かししたら寝落ちしただけだ。

 まぁ、それでも次の日にメイド長から説教を食らうのは俺だったわけだけど!

 ……いや、でもここにはメイド長もいないし、就寝時にフィロメニアを一人にするのも不安だ。

 なら――。

「別に……いっか?」

「ああ」

 ということで、俺は主と同室どころか同床になってしまった。

 色んな意味で仕えてたのがフィロメニアでよかったと思う。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • TS:悪役令嬢のモブメイドの俺が霊獣になった件   第24話 我が運命に波乱のあらんことを

     真っ暗闇な会場に、ふつふつと緑と赤の光が湧いてくる。 観衆の声は様々だ。 その始まりを待ちわびる声。初めて使うサイリウムに困惑する声。そして、舞台に立つ二つの人影に歓声を抑えきれない声。 そして、魔法で拡大された楽器の音が始まる。 同時に、スポットライトに照らされたのは――。《共に在る覚悟を問われれば答えは一つ。【汝、終焉において我が名を呼ぶのなら】 運命ですら捻じ曲げる意志を》 ――俺とフィロメニアだった。 この一ヵ月、必死に練習したステップを踏み、歌声に会場が湧く。 前に見た舞台のように、厳かな雰囲気などではない。 観衆は皆立った状態で、俺とフィロメニアが腕を上げて手を叩いてみせると、同じように前奏に合わせて手拍子が鳴った。 帝国で流行っているらしいポップな曲調だ。《決められた未来は訪れるのを今かと待っている。けれど抗うために星へと願う》 舞台は専用に作った特注のもの。 中央に円状の舞台があるのは変わらないが、それに至る橋が舞台袖から続いている。 俺とフィロメニアはその橋の真ん中で互いを意識しつつ歌う。《【それが朝であろうとも、常に星はそこにある】 物語はすでに始まっている》《【それが昼であるからこそ、常に星は見つけられることを待ちわびている】 流されそうになる運命の放流》《【それが夜であるならば、常に星は見つめてくださっている】 抗う力を腕に込め》 星典を引用した古代口語を含んだ歌詞は、この王国でも新鋭の音楽家に作らせたものだ。 発音が難しい部分があるが、俺の【模倣】は完全にそれをトレースすることを可能にしている。 ちょっとズルかもしれないけれど。 《いま突き出す拳を星空へ。明日の世界へ》 そしてサビへ向かって曲が盛り上がっていく。 観衆の熱が、ラウィーリア領製のサイリウムの動きとなって伝わってくる。 俺たちは中央の舞台へたどり着き

  • TS:悪役令嬢のモブメイドの俺が霊獣になった件   第23話 仕方ないご主人様だ

     決闘から少し経ったある日、フィロメニアと俺は学園長に呼び出しを食らっていた。 俺は絶対に怒られるとビクビクしていたけれど、フィロメニアは涼しい顔で部屋に入る。 そこでは学園長が温和そうな笑みをたたえていて、とりあえず扉の横へと控えるように立った。 「久しぶりに良いものをみせてもらった。フィロメニア君」 開口一番そう言われ、フィロメニアはゆっくりと頭を垂れる。 「騒ぎを起こして申し訳ありません。学園長殿」 慌てて俺もお辞儀をするが、学園長は目を丸くして頭を上げるように言う。 「いや、すまない。皮肉ではないのだ。学園という揺りかごの中に長くいると、つい刺激に乏しくなる。正直に言って、愉快痛快といったところだった」 その言葉に部屋の雰囲気を弛めるように、学園長は椅子を回して体を斜めに向けた。 俺たちは顔を合わせる。  そりゃ俺たちにとってはまさに愉快痛快だったけれど、学園長がそう言うとは思っていなかったのだ。  フィロメニアは思うところがあるのか、眉をひそめる。 「失礼を承知で聞きますが、学園長殿はマリエッタの姦計に気づいていたと?」「彼女が好き勝手をしていたのは当然、把握していたとも」「ではなぜ止めなかったのです」 背を持たれて手を組む学園長に、フィロメニアは詰め寄った。 だが学園長は意に介していないように微笑みを崩さず応じる。「それがこの国の利となるか害となるか、見極めるに時間が必要だと判断した」「それだけですか? 遅きに失すれば殿下までもが神殿の思惑に取り込まれていました」「不満かね?」 俺にはまだその「思惑」とやらが理解できていないけれど、フィロメニアには面白くない状況なのはわかる。 言われた通り、不満そうな顔でフィロメニアが黙っていると学園長は続けた。 「……学園の成り立ちもそう単純なものではない。それにマリエッタ教諭の行動は問題だが、シャノン・コンフォルト

  • TS:悪役令嬢のモブメイドの俺が霊獣になった件   第22話 以後、お見知り置いとけ

    「ウィナちゃんッ!」「ウィナフレッド!」 その魔法の閃光が炸裂する瞬間、思わずクレイヴとシャノンは叫んでいた。 三人と三体の同時攻撃。 そんなものをまともに食らえば、いくらウィナとはいえ無事ではないだろう。 衝撃に舞う爆煙が晴れたとき、そこに倒れ伏せる少女の姿をクレイヴは幻視する。 だが――。 その煙の中から現れたのは、三対の巨大な光翼だった。 羽根のない、透き通るガラスのようなそれはゆっくりと羽ばたくと、視界が晴れる。 ――そこには二人の少女がいた。 片方の金髪の少女は目を瞑り、強い意志を感じさせる表情で、魔法の炸裂の前からも一歩も動かず。 そしてもう片方の緑の髪の少女は、後ろに向けて剣と腕輪を構え、悠然とそこに立っていた。 どちらも、キズ一つない。 相対する敵に出来うる最大の攻撃を受け止めたのだ。「ウィナちゃん……!」 隣でシャノンが安堵の声と共に崩れ落ちる。 だがクレイヴは、目の前の光景に畏怖を感じていた。 ――なんという力だ。  相手は実戦の経験の少ない学生とはいえ、その血脈に証明された才能ある家の者たちだ。 彼らが束になってもウィナを倒すどころか、一撃も入れられないとは。 見ればセルジュは頭を抱えてその光景を疑い、ファブリスは膝をついて呆然としていた。 ジルベールだけが、震える声でウィナに叫ぶ。 「て、てめぇは……!てめぇは何モンなんだ!? なんなんだてめぇはぁぁ!?」 問われたウィナは振り返り、ニヤリと笑った。 「公爵家のメイドだ。以後、お見知り置いとけ」  瞬間、彼女の左腕がわずかに光を放つ。 ウィナは大きく息を吸うと、それに伴って周囲の魔力までもが吸い込まれるように動いた。  そして、彼女の全力の咆哮が空気を震わせた。 「うああああぁ

  • TS:悪役令嬢のモブメイドの俺が霊獣になった件   第21話 俺はそばにいるよ

    「来たのか」 そう言われて、俺はこめかみを掻く。 偉そうなことを言っておきながら遅刻なんて、フィロメニアを失望させるところだった。 「ごめん、寝坊した。ちょっと道も混んでてさぁ。苦労したよ」 適当な言い訳を思いついたまま口に出すと、視界の横に目を見開いたマリエッタが見える。 だがフィロメニアはそんなことには関心も示さない。 代わりに、どこか懇願するような顔で聞いてきた。「私といれば、これからも同じようなことが……いや、これ以上の苦労が待っているぞ。それでも――」「――だからこそ」 そんな質問、俺の答えなんてわかっているだろうに。 けれど、思いは言葉にすることも大事なのだ。 名を呼べる距離にいても、手を握れる距離にいても、それは変わらない。  だから、俺はこの先も続くこの世界に対して言う。 「俺はそばにいるよ。フィロメニア」  返ってきたのは、零れるような笑顔と、名を呼ぶ声だった。 「ならば来い――ウィナ!」「あいよ!」 勢いよく答えると、腕輪が金属音を立てて変形する。そして、俺の体は風のような光に包まれた。 一歩ずつ階段を下る度、体に力が漲ってくる。 霊獣の姿となった俺を見て、決闘場はどよめきに包まれた。 俺は階段を下った先にいた知った顔へ笑いかける。 シャノンは姿が変化した俺に戸惑いながらも、涙でぐちゃぐちゃになった顔で近寄ってきた。 「ウィナ……ちゃん? 大丈夫なの……?」「シャノンこそめっちゃ目腫れてるけど大丈夫? ほい、ハンカチ。鼻水はかまな――かむなっつの!」 ズビーッと盛大に鼻水を噛んだシャノンに抗議すると、「ご、ごめん、洗って返すから……!」とか言っている。  当たり前だろ!  呆れているとそ

  • TS:悪役令嬢のモブメイドの俺が霊獣になった件   第20話 全力で来い

     Detoxification Progress Status…… 98%…… 99%…… ……Completed Checking All System……All Green ……Sentitive Mental Reboot ……Ready …… ………… ……………… 気がつくと、そこは白かった。 眠りとは違う、なだらかな意識の浮上ではなく、スイッチのオフオンに近い感覚だ。  夢……? 『うん。だいたい解毒は完了したね』『……ん!? なんだここ!?』 セファーの声がして、俺は夢の中ではないことを理解して仰天する。 けれども現実でもないことを同時に理解していた。 視界はあるが、体がないのだ。俺の。 意識だけが真っ白な空間に漂っている。 すると、目の前にセファーが現れた。 いつもの妖精のような手のひらサイズじゃない。 普通の人間サイズのように見える。 色のない背景も合わさって遠近感覚が狂っているように感じて、俺はわずかな眩暈を覚えた。 『半覚醒状態というのかな。この状態で話す方が君への情報伝達に時間を取られないからねぇ』『なるほど、わからん』『じゃあ状況を説明しよう。君は今、学園の医務室で寝ている。看病についてくれているのは王太子のメイドだねぇ』 相変わらず人の話を聞かない相棒だ。 仕方なく俺は話の続きを催促する。 『決闘

  • TS:悪役令嬢のモブメイドの俺が霊獣になった件   第19話 面白くさせてくれちゃって

    「ウィナ……! 命令だ下がれ!」「おいおい。ここは使用人出入り禁止だぜ」 肩を掴もうとするフィロメニアの手を避け、ジルベールの睨みをスルーして、俺は観衆のド真ん中に立った。 俺がそこで深く一礼すると、それまでの喧騒が困惑の静けさに変わる。「僭越ながら皆様にお伝えしたいことがございます」  公爵家のメイドたるもの凛々しくあれ。 メイド長の言葉を胸に、喉を震わせると俺の声はロビーによく響いた。  こんな場所で声を上げれば、いくら俺でも心臓の鼓動が高鳴るのを抑えきれないだろう。 けれど、なぜか今は酷く落ち着いている。 「なんだなんだ?」「あれ、フィロメニア様の使用人でしょ?」  そうだよ。 俺は悪役令嬢の使用人。 場合によってはここにいる全員の敵になるかもしれない存在を主人にしているんだ。 「私、ウィナフレッド・ディカーニカは――我が主、フィロメニア・ノア・ラウィーリア様の霊獣にございます。故に代理人については不要。この決闘、皆様のお目を楽しませるものになるとお約束致しましょう」 周囲がしんと静まり返る。 そして、笑い声がそこかしこで上がった。「ははは! なにいってんだよあのメイド!」「使用人がでしゃばってくんなっつの」「フィロメニア様をかばってんじゃないの?」「じゃあ、あの小さい子が出てきて戦うの? いやいや、平民が魔法食らったら死んじゃうじゃない!」 反応は様々だ。 それでいい。その方が面白くなるだろう。  そんなことを考えていたら、フィロメニアに両手で掴みかかられた。 「ウィナ、お前はッ!」「なに? やり方が雑だからこうなってんだけど、なんか文句あるんですか? お嬢様?」 フィロメニアが言葉を詰まらせる。 彼女は腕力を強化しているのか、襟首を掴まれた俺は足が浮いてしまっていた。  正直

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status